公立学校のIT導入を成功に導く:予算の考え方と最新AIトレンド
近年、教育機関へのIT導入が急速に進んでいます。デジタル教科書やオンライン授業システムなど、ITを活用した教育の実践はもはや珍しくありません。とりわけAI関連製品の進化はめざましく、製品カテゴリそのものがまだ新しく確立されていないため、安定した価格相場も形成されていないのが現状です。こうした状況下では、単に価格相場を参考にするだけではなく、自治体の事業としてどれだけ予算を割り当てるべきか、その総額を見定めるための基準を考える必要があります。
そこで本記事では、「コスト・バランス型」と「価値算定型」の2つの視点から教育機関におけるAI導入予算の考え方を整理し、さらに最新の技術トレンドも踏まえたうえでどのような予算規模・製品選定が望ましいかを論じます。
コスト・バランス型
民間企業でのIT投資比率をヒントに
民間企業では、一般的に売上比1〜2%程度がIT投資の目安と言われています。ただし、IT企業のようにITによって直接売上が生まれるビジネスモデルの場合、IT投資が売上原価に近い扱いとなるため、この比率はさらに大きくなるのが一般的です。
一方で、公立の学校の場合は「売上」という概念がほとんど存在しません。そのため、費用(経費)の全体像に注目して予算配分を考えるとよいでしょう。
教員向けITと生徒向けITの違い
公立学校でも、教員向けIT製品は主に間接費用に相当します。例えば校務を効率化するシステムや教職員専用のデバイスなどです。これらへの投資は、教育費全体のうち1〜2%程度を目安とする考え方が一例として挙げられます。
一方、授業で生徒が使用する機器やソフトウェアは、民間企業でいうところの「原価」に近い位置づけになります。教育の直接的な成果を左右する要素であるため、もう少し高めの比率で考えるのが自然です。ここでは、教育費用全体の5〜10%程度を生徒向けIT投資のひとつの目安とするとよいでしょう。この枠を、各科目の教務支援製品や、教科横断型の製品で分け合うこととなります。
建物等の資産の償却も考慮を
さらに、これらの投資比率を算定する際には、学校の建物や備品などの資産をどのように償却しているかも考慮が必要です。すでに老朽化が進んだ校舎を大規模改修する場合は、IT投資だけを切り離して考えるのではなく、トータルの資産計画の中でバランスをとることが重要になります。
もし現在の投資水準と大きく乖離がある場合、次に述べる「価値算定型」のアプローチと組み合わせながら、複数の視点で適正予算規模を再検討することが効果的です。
価値算定型
製品がもたらす価値から予算を逆算
「価値算定型」は、導入する製品やサービスがもたらすメリットを数値化し、そのメリットに見合う形で予算の上限を設定するアプローチです。営利企業や独立採算の事業体であれば、たとえば「営業成約率をどの程度向上させられるか」や「人件費・労務費をどの程度削減できるか」といった観点で、導入するシステムの価値を評価することが可能です。
- 売上拡大型 - 新しいシステムを導入することで売上や契約数がどれだけ増えるかを試算し、その増収分を予算の上限とする考え方。
- コスト削減型 - 作業効率化や自動化によって削減できる労務費や関連経費を試算し、その削減額を予算の上限とする考え方。
公立の学校での難しさ
公立学校では、学校運営自体が営利目的ではなく、売上や利益といった概念を適用しづらいのが現実です。特に、生徒向けのIT製品の場合、「教育効果」を金銭的に評価することが非常に難しいため、費用対効果を厳密に計算するのは困難です。
そこで、公立学校が生徒向けのIT製品を導入する際には、先に述べた「コスト・バランス型」の考え方を主とし、必要に応じて価値算定型の視点を補足的に取り入れるとよいでしょう。間接業務の効率化など、価値算定が明確にできる領域だけを切り出して分析するのも一つの手段です。
テクノロジーのコストトレンド
クラウド費用の上昇傾向
ここ数年で為替相場が円安に傾いた影響や、国内経済の停滞・インフレーションの進捗不足など、クラウドサービスの長期契約費用は上昇傾向にあります。業務基盤をクラウド上に構築するケースが増えるにつれ、ランニングコストの見込みを慎重に見積もる必要が高まっています。
生成AIのコスト急速低減
2025年1月、世界的に注目を集めた中国発の新技術「DeepSeek」が公開されました。従来のAIに比べ、同等の性能を数十分の一のコストで実現できたと発表され、大きな話題を呼んでいます。
生成AIの分野では、OpenAIのChatGPTやGoogleのGeminiなどが高い注目を集めていますが、Facebookが開発し完全オープン化している「Llama」や今回の「DeepSeek」のように、オープンソースの技術が次々と登場し、性能面でもトップクラスに迫る・追い抜く流れが見え始めています。このように技術が囲い込まれにくい環境では、今後ますます価格競争が激化し、コスト面での優位性が増していくでしょう。
製品選定のポイント
生成AIを活用した製品を選ぶ際には、こうした低価格化の波を前提に検討することが大切です。具体的には、既存のクラウドサービスと同程度か、せいぜい数割程度割高な製品を選ぶのが望ましいと考えられます。それ以上に高価な製品は、以下のようなリスク要因が考えられます。
- オーバースペック(学校現場で必要以上に高機能)
- 技術的に数ヶ月以上古い世代を使っている
- 特定ベンダーの技術にロックインされている
- 不当に高いマージン(利益)を上乗せしている
その結果、費用対効果が低くなる恐れがあるため、教育現場の予算を考えるうえでは慎重に判断すべきです。
まとめ
AIをはじめとするIT製品の導入が進む中、特に公立の教育現場では「どのくらいの予算を確保すればいいのか」という問題は避けて通れません。価格相場がまだ安定していないAI関連製品に関しては、コスト・バランス型の視点を取り入れ、教育費全体のなかでどの程度をIT投資に回すべきかを試算するのがひとつの方法です。加えて、教職員の業務効率化などで効果が算定しやすい部分については、価値算定型も併用すると、より納得感のある予算規模を導き出せるでしょう。
また、生成AIを中心に技術革新のスピードはますます加速しており、コスト低減のペースも速くなっています。「DeepSeek」のような新技術の登場は、AI導入のハードルをさらに下げると期待されます。教育現場でITを導入する際には、こうした最新動向をこまめにウォッチし、数ヶ月から1年程度で旧世代化してしまうリスクも視野に入れたうえで予算を計画することが重要です。
今後も競争が激化するなかで、コストパフォーマンスの高い製品が増えていくことは間違いありません。教育の質を高めながら、限られた予算を有効に活用していくためにも、複数の視点や最新の技術トレンドを踏まえた検討を行っていきましょう。