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教育行政 英語学習

実務で使うための英語学習成果の評価目的と手法

柿原祥之
柿原祥之 |

近年、GIGAスクール構想の推進やAI技術の高度化に伴い、クラウドベースの英語学習支援製品を教育現場に導入し、組織全体で教育改革を進めようとする動きが活発化しています。特に、英語教育に携わる教科主任や教育委員会、教育行政の担当者にとって、これら新たなリソースを適切に活用・評価することは重要な課題です。どのような政策・施策を導入しても、その効果や副作用を正しく把握し、組織内外のステークホルダー間で共通認識を醸成できなければ、継続的な改善は難しくなります。

本記事では、英語教育の文脈での評価目的と手法について整理した上で、特に「教育現場に介入(変革)を加えた際の効果測定」について考察します。当社は英語学習クラウド「TerraTalk」を提供するスタートアップとして、単なる製品導入ではなく、組織変革と学習成果の評価について総合的なサポートを重視しています。

評価目的:「誰が」「何に」評価を使うか

英語学習の成果評価は、「誰が」「何のために」利用するかによって、評価方法や指標設定の勘所が大きく異なります。以下は、代表的な評価場面と、重視すべき視点を整理したものです。

これらは同じ「英語力測定」でも、利用者・目的次第で求められる要件が異なります。また、評価が生徒の学習意欲にプラスにもマイナスにも働き得るため、過度なテスト依存は避ける必要があります。テストを行うこと自体が、学習動機を阻害する場合もあるからです。

本記事後半では、こうした評価手段の中でも特に、教育手法の変更やツール導入などの「介入」を行った際、その効果や副作用を捉える評価設計について掘り下げます。

介入評価の基本設計――変化とその効果を見極める

教育施策や学習支援ツールの導入は「介入」です。この介入が学習成果に与える影響を正しく評価するためには、最低限、以下の視点が必要です。

  1. 介入の有無・前後比較:同一条件下での「導入前後」の比較は必須。
  2. 代表性の確保:評価対象集団が偏りなく、母集団を代表していること。
  3. 時間軸・期待値反映:介入効果が即時に現れるとは限らない。短期・中期・長期のスパンで期待値を設定し、評価項目に反映する。

重要なのは、評価には「測定」と「評価・評定」が段階的に存在することです。まずは客観的な「測定」を行い、その上で、成果の善し悪しを判断する「評価・評定」を行わねばなりません。また、特定の製品や研修、意識啓発施策を完全に切り離して効果を測ることは実務上困難です。結果的に、導入パッケージ全体(製品+研修+コミュニケーション施策など)を総合的に評価する必要が生じます。

介入評価の具体例:理想と現実

学術的精度が最も高いのは、以下のような設定です。

理想的な実験デザイン: 同一学年・同一条件下のクラスをランダムに2群に分け、一方に介入(新しい学習ツールや手法)を導入、もう一方を対照群として比較。

しかし、教育現場では組織や制度上、理想的な無作為抽出が困難なことが多く、「希望校のみで実証」など、現場の事情に合わせた設計が求められます。その際にも、以下の比較パターンを検討できます。

実証校内部での前年度比較

  • 前年度と同学年・同時期で同様の到達度テストが行われている場合、導入年との結果を比較する。
  • 教員や学校側の負担が少なく、シンプルな方法。
  • 例:毎年、中学2年生の2学期に英検4級を全員受験すると決まっている状況で、介入前後を比較。

実証校 vs 非実証校比較(介入後の一度きりの評価)

  • 介入後、全学校で同時評価を実施し、実証校と非実証校を比較。
  • 欠点は、実証校群と非実証校群に存在するもともとの学校間格差(バイアス)が結果に反映されやすい点。

実証校 vs 非実証校比較(介入直前・直後の2回評価)

  • 介入前にベースライン評価を行い、介入後も同様にテストする。
  • 事前評価によって非実証校との格差(バイアス)を割り引ける。
  • 統計的有意差を明確に捉えるには、それぞれ1,000人以上のサンプル確保が望ましい。

到達度以外の評価――「数字に見えない」指標も有効

当社がこれまでお手伝いしてきた教育現場では、統計的有意差にこだわらず、次のような主観的・定性的指標も重要視されます。

  1. 生徒の満足度や学習意欲(生徒自己評価アンケートなど)
  2. 教員の満足度や活用意欲(教員アンケート・面談)
  3. 授業構成への影響(授業記録、ランダム監査、教員セルフレポート)

これらは「学術的評価」というより、組織運営・変革マネジメントの文脈で役立つ指標です。定量的な「成果測定」とは異なり、「変化を楽しむ」「不安を軽減する」「土台作りを評価する」意味合いを持ちます。

長期的視野と「チェンジカーブ」

組織改革には「チェンジカーブ」という概念が存在します。多くの場合、変革を加えれば短期的にはパフォーマンスが下がります。しかし、その「谷」を越えれば、中長期的には高い成果が期待できます。学校現場でも、GIGAスクール構想をはじめとした大きな変革が続く中、最低3〜5年の継続視点が必要になると予想されます。

チェンジカーブを簡易的に図示したもの。当社社内資料より抜粋。縦軸にポジティブ/ネガティブインパクト、横軸に時間経過をとる。ネガティブの最小化、ポジティブの最大化、ネガティブからポジティブへの遷移速度の最大化を目指します。変革マネジメントを時系列で整理するために役立つのに加え、最初期に一度ネガティブインパクトがあることを明示することで、組織の中での正しい期待値の醸成を促します。

特に教育行政では、担当者の任期や異動が数年ごとに発生し、取り組みの継続性が課題となります。特定のリーダーシップ人材が、チェンジカーブの谷を超える熱量を生み出していくこともあるでしょう。しかしながら、長期的な成長を目指すには、学術的有意差がなくとも関係者にとって意義ある評価を組み合わせ、成功体験を積み重ねることが欠かせません。その観点では、学術的に正しい、組織外でも知見として広く通用する測定方法だけにこだわらず、自治体内だけで使うための指標も大切にしていくことが、バランスのとれた事業推進に繋がるでしょう。

当社のような、ツールを提供する民間企業としては、学術的に正しく、普遍性のある成果のほうが事例として望ましいことは間違いありません。それはそれとして、現場の変革に長く伴走し、各自治体に合った事業運営をお手伝いすることが、最終的に最も子どもたちのためになると思い、この記事の筆をとっています。

結び

本記事では、英語学習成果の評価目的と手法について整理し、特に教育改革(介入)時の評価設計上のポイントを紹介しました。理想は、経年比較可能かつ代表性のある到達度評価が全国的に定着することですが、予算・制度上のハードルも多く、一筋縄ではいきません。

当社は英語学習クラウド「TerraTalk」を提供するスタートアップとして、製品導入以上に、組織改革や人材育成、評価設計を含む総合的な支援が重要だと考えています。限られた予算でも過不足ない施策を行えるよう、TerraTalk本体のコスト削減や周辺サービス強化にも努めていきます。もし何らかの教育改革に乗り出す際には、ぜひご相談ください。私たちは、学びの成果を確かな指標で示しながら、組織全体での前向きな変化を後押ししていきたいと考えています。

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脚注①「代表性」とは

「代表性」とは、評価や調査、テストなどで得られた結果が、本来知りたい大きな集団(母集団)全体の特徴を、どれだけ適切に映し出しているかを示す考え方です。

例えば、「全国の中学生の英語力」を把握したいとしましょう。このとき、数万人にのぼる全国の中学生全員に同じテストを行うのは費用や時間の面で非現実的です。そこで、地域や学校、学年などが偏らないように一部の中学生にテストを受けてもらい、その結果をもとに全国の中学生全体の状況を推測します。このとき、調査対象に選ばれた「一部の中学生」を「サンプル(標本)」と呼びます。

「代表性」が高い標本とは、このサンプルが「全国の中学生らしさ」を充分に備えている状態を指します。たとえば以下のような要因に偏りがないことが大切です。

  • 地域の偏り:都市部の生徒ばかりではなく、地方、郡部などもバランスよく含まれているか
  • 学校の種類の偏り:公立校・私立校、学力選抜校・中堅校などが適度に混ざっているか
  • 個々のバックグラウンドの偏り:英語塾や留学経験がある子ばかりではなく、さまざまな背景の生徒が含まれているか

こうした偏りが少ないほど、「そのサンプルの結果=大きな母集団全体の傾向」に近づきます。これが「代表性が高い」と言える状態です。一方、ある地域や特定の学校に偏った標本では、そのテスト結果は「その地域や学校の傾向」を示すにとどまり、「全国的な中学生の特徴」として解釈するには無理があるため、代表性が低いと判断されます。

自治体の教育行政に関わる方は、上記の説明の「全国」を実際の自治体名に置き換えて読み直すと、よりわかりやすいかもしれません。

要するに、「代表性」とは「サンプルの特徴が母集団全体をしっかり反映しており、その結果が大きな集団の様子を推測する際に信頼できる状態」と考えると分かりやすいでしょう。

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脚注②「結局、パフォーマンステストはどこを使えばいいの?」

ある程度歴史と信頼性のあるテストであれば、組織内で実績があるものを使えばよいと思います。この記事は「どの学校・生徒を」「いつ」評価するのか、という点に着目して議論しましたが、これこそが各自治体・学校でしかコントロールできない部分です。明確な意思と目的の下で定点測定を行っていれば、テストの製品が途中で切り替わっても施策や介入の一貫評価は可能、と当社では考えています。

不明点や要望のある方は、当社担当までぜひご相談ください。最大限のサポートをいたします。

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