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教育行政

英語学習支援サービスの類型と特徴

柿原祥之
柿原祥之 |

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この記事では、近年一気に充実してきた教育機関向け(特にGIGA端末向け)の英語学習支援サービスを選定する事業担当者の方向けに、選定判断に使える評価軸をいくつか詳細に論じたいと思います。

もちろん「やってみないとわからない」部分が多くあるため、小規模の実証から始まり、大規模な導入に繋げる方針の組織が多いでしょう。それでも、生徒の学びの機会や、税金を使う事業としての効果の最大化を狙うためには、候補製品の絞り込みが成功しないといけません。

初期的な絞り込みに便利な評価軸を4つお伝えしていきます。

注釈: 当社は英語学習支援サービス "TerraTalk" を提供しています。そのため、この記事にも一定の不可避なバイアスがかかっているかと思います。

ユースケース軸

  1. 生徒向け - 自由進度学習をはじめ、児童生徒自身で学習計画を立てて学習を進めるもの。学習者とアプリが一対一で学習に望みます。昔からあるリスニングや英単語の「e-Learning」のアプリから、AIによる出題最適化を最大限に活用した現代的なアプリまで幅広く存在します。特徴は、学習者が単独で学習活動を継続できるようにゲーム的な演出がされていたり、特定のコンテンツや使い方に生徒を導くプッシュ通知などが充実していることです。
  2. 先生向け - 教職員の業務効率化を目指したり、生徒の見取りを強化するもの。校務系ツールから派生したものと、教務系ツールから派生したものの両方があります。英語学習支援においては、教材集、問題集、教材作成支援ツールなどが代表的な例です。生徒は、先生が実施する授業を通して間接的に製品と接しますが、多くの場合はその製品の存在そのものを知らずに過ごすこととなります。
  3. 学級向け - 学級・学校間で学習進度の足並みを揃えながら、個別最適な学びを提供するもの。完全にオンラインでクラス運営を可能にする製品もありますが、この記事では日本の教育機関での活用を前提にしていますので、教室内で使ったり、休み中の課題など先生が方向づけや指示出しを行う家庭学習での活用を念頭に置いています。

成熟した製品の中には、上記のうち複数のユースケースに対応するものもあります。とはいえ、そのサービス全体の歴史や売上構成などにより、相対的に得意なものとそうでないものに分かれます。

教育機関において、中長期での教育の質的向上や、それに向けたノウハウ開発のために製品導入を行う際には、専ら3の学級向けの製品を探し当てるのが重要となります。学級向けにおいては「教職員」「生徒」「システム」の3者間の相互のやりとりを設計する必要があります。その中身は「生徒」「システム」あるいは「教職員」「システム」の2者間のやりとりを想定するツールとは大きく異なります。

非常に原始的な例をひとつ挙げます。多くの個人向けアプリでは、インストールやログイン直後に、アプリの使い方を教示するポップアップが連続して表示される「チュートリアル」が実装されています。2016年にリリースした当社のTerraTalkでも当初はこうした慣例に倣ってチュートリアルが搭載されていました。しかし、教育機関向けの支援を行っていくにつれ、こうしたチュートリアルが、先生やICT支援員による初回導入のフローを妨げることが判明し、最終的に撤去する判断を行いました。

 

コンテンツ軸

英語学習の製品はすべて、単語、英文、音声などからなる「教材」を何らかの形で学習者に提示します。ここでは、その教材の分類を試みます。

  1. 独自教材 - アプリメーカーが独自に作成・編集したもの。学習指導要領をカバーするように作られたものから、アプリメーカーが得意とする学習メソッドを実装したものまで多岐にわたります。
  2. 許諾教材 - 検定教科書をはじめとして、既存の教材(多くは紙ベースの書籍)内の本文等の素材を活用し、並行利用ができるようにしたもの。
  3. 対策教材 - 特定の試験や資格などをゴールにした教材。学校教育の場合、ほとんどのケースで通年利用の必要は乏しく、特定の期間(1-3ヶ月)活用することで費用対効果の最大化が望めます。
  4. なし - サービス利用者、特に教員側がコンテンツをサービス上で作成することを前提としたもの。一例として、Google Classroomはこれにあたります。

上記の3つの間に一般的な優劣はありませんが、現場での活用を成功させるために何が必要かは、各自治体や学校の導入担当が適正に判断しなければなりません。

2024年時点での現行学習指導要領では、特に中学校での英語の分量が大きく引き上がったため「範囲を終わらせる」ことで頭がいっぱいの先生が見受けられます。これは必ずしも個人の責任に帰着すべき話ではなく、行政レベルからの介入時には相応の対応を行わなければなりません。このような場合では、メイン教材に準拠したデジタル教材で授業そのものを強化する方向が一番スムーズな導入に繋がります。

なお、生成AIを活用した教材生成・対話生成も「独自教材」のうちに入りますが、用いる語彙や文法要素などの、履修範囲の制約を適切に反映するのが難しい場合があります。オーセンティックな英文や対話経験の提供には非常に向くものの、個々の現場の指導方針と噛み合わせるには教員ないし生徒側に相応の活用リテラシーが求められるでしょう。

いずれのコンテンツ種別でも、広範な導入を行う上では、初回の授業活用までの教材研究をどれだけ短時間で済ませられるか、事前に見積もりを行うと良いでしょう。現場の教職員は、研修過多、業務過多の状況が広がっているため、各自治体の現場の実態にあわせて、授業内での小さな導入から徐々にスケールアップをしていけるのが望ましいです。

なお、当社のTerraTalkでは、上記3つのすべてのカテゴリの教材を準備し、また最低契約期間を設けず、予算に対して最大の効果を得られる事業計画を立案できるようになっています。

 

ターゲット組織の軸

ひとことに「教育機関」といっても千差万別で、とある組織にマッチする製品が他の組織ではマッチしない、ということがあります。そのため、多くの候補の中から導入検討する製品を絞り込む段階では、その製品が得意としている領域を導入実績から見極めなければなりません。

教育機関は、理念、規模、営利・非営利、公立・私立など様々な属性がありますが、こと教務に関連する製品選定において、当社がまず第一に意識すべきと考えているのは以下の分類です。

  1. 選抜型 - 生徒が学校を選び、また学校が生徒を試験等で選抜する教育機関のこと。すべての私立と、公立の高校、大学がここに属します。
  2. 学区型 - 生徒も学校も互いを選抜しない教育機関のこと。原則として住所により入学する学校が定まる、ほとんどの公立小・中学校がここに属します。

選抜型の学校は、学区型の学校に比べて、生徒の学力、学習意欲、生活習慣、家庭環境、価値観などのばらつきが大幅に小さくなる傾向にあります。また、学校側も生徒に選んでもらうための市場競争に勝ち残る必要があります。広義では、塾や予備校などもここに分類されることになります。

学区型の学校は、生徒の居住地が固まっていることによるコミュニティ意識や地域性はあるものの、こと学習に向かう態度や学力には大きなばらつきが発生します。

選抜型の現場と学区型の現場では、仮に同じカリキュラムないし到達目標のもとであっても、その指導と学級運営の成功要素は大きく異なることとなります。それはソフトウェアやコンテンツからなる製品の仕様にも反映され、また導入運用支援を行うメーカー側の部門のノウハウ蓄積にも影響を与えます。

そのため、学区型の学校は学区型の実績が豊富な製品を、選抜型の学校は、その学校の特色に合うか、もしくは特色に合わせたカスタマイズ性の高い製品を候補にするのが、より短期間で質の伴った事業に成長する可能性が高くなります。

※便宜上、選抜型・学区型の分類をしましたが、選抜の形をとっていても実質的には学区型に近い文化形成になっている学校もあるかと思います。重要なのは教職員・生徒を含む文化や運営の実態がどちらに近いかです。

 

開発・運営母体の軸

教育現場への深く広い情報技術の導入は日本ではまだ始まったばかりと言えます。学習データをもとに小中高大の連携を促進する取組も、関連する法案の議論や施行が始まったばかりで、今後社会実装が進むと共に要求が大きく変わっていく可能性は高いでしょう。

発展目覚ましいAI技術についても同様のことが言えます。特に、OpenAIによるGPT-3の公開から始まった汎用人工知能の開発および応用競争は、あたかも軍拡競争のような、内政・外交の両面で重要な戦略要素の様相を呈しています。

英語教育への応用は、AI技術の可能性の中のごくごく一部であり、極めて平和的なものですが、AI全体への方針・規制は世界の国・地域のそれぞれで大きく異なり、今後状況が大きく変化することも考えられます。とはいえ、規制がもたらしうる悪影響についても十分に考慮されており、技術革新の利点を最大化するため、各国当局が独自にかつ慎重に動いている状況です。

現段階では、AI技術そのものが厳しく規制される可能性を想定するよりは、各国で異なる変化をしていく規制に対して遅滞なく対応できるかどうかを評価するのが妥当な方針と考えられます。大切な生徒のデータの保護はもちろん、AI技術の導入が成功すればするほど、導入サービスが生徒たちの学びの保証の重要な一角を担うことになるからです。

開発・運営体制に関しての評価基準は以下の通りです。

  1. 外国資本か、国内資本か - 低。よほど敵対的な国家からの資本を基にした法人でない限りは、外国資本であるかどうかを気にする必要はありません。
  2. サーバー所在地が日本国内か否か - 高。サーバー所在地により、拘束される法律が変わってくる可能性があります。
  3. 特定の基礎AI提供企業との依存関係がないか - 中。今現在、AIの基礎モデルの開発競争は熾烈を極めており、価格性能比においては1年で10倍の改善を見せるなどまさしく日進月歩です。その一方で、サービスの一部または全部の停止に繋がる国際訴訟も多くみられます。サービスの提供保証の観点でも、長期的な学習者目線の機能向上の観点でも、特定の基礎モデルに依存していないかの評価は必要です。
  4. 国際的製品の場合、日本国内向けに、サービスのソースコードを分割管理しているか - 中。今後日本独自の規制や関連法案が成立した際、必要な技術的変更を行うためには、それぞれの国向けのソースコードを分離していることが理想的です。ソース内で国ごとに処理を変更することも技術的には可能であるため、重要度は中としています。
  5. 国際的製品の場合、日本国内専属の開発部門と予算を確保しているか - 高。AI・ソフトウェアが進歩の早い領域である以上、日本向けに必要な変更を素早く行えることが、教育向けの重責を担う上では肝要です。大規模な開発チームであっても、各国向けのカスタマイズは技術的な理由で困難であったり、ビジネス的な優先順位が低くなる可能性があります。

一定の法令・技術の変化が今後数年から10年の間に断続的に起こることを前提に、教育機関への潜在的悪影響を抑えながら、技術進歩の良いところを遅滞なく活かせそうな製品と会社を選ぶことが、新たな世代の教育をつくるための第一歩になるでしょう。

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